
VACIO Senko no Ku | ARPA × T.T × 両足院
京都・建仁寺塔頭 両足院
2026年4月4日〜17日
Arpa、T.T、そして京都・両足院による共同プロジェクト。香り、空間、儀礼、感覚を横断する複合展示で、主題は「消えゆくもの」。静寂、知覚、時間の経験をめぐる問いを軸に展開された。
VACIO
「VACIO」とは、香りという不可視のメディアで記憶を喚起しようとするArpaの試みと、衣服を「時間の器」として捉えるT.Tの思想とが、両足院の歴史と交差する空間領域である。Arpa創設者バーナベ・フィリオンはこれを「消去された記憶のアーカイヴ」として構想し、T.T創設者・髙橋大雅が提唱した「応用考古学」は、時間の層を衣服を通して現在に呼び戻していく実践だ。
副題の「Senko no Ku(閃光の空)」は、星の生成と消滅から着想を得た銀様の素材が、反射によって生み出す揺らぎを指す。T.Tが掲げる「未来は過去にある」とArpaの「古代的未来(Archaic Future)」は、古代と未来を対立項ではなく、重なりあう層として捉える点で深く呼応している。デリダのアーカイヴ論、キットラーの記録可能性論、ベイトソンの精神=ネットワーク論。それらを参照軸としながら、可視化されなかった記憶、消えてしまった感覚を、共感覚的に問い直していく。

Room ① 古代的未来への訪問
畳と同寸のフェルトの上に、アルミニウム製のボックスが置かれる。その上部に据えられた銀色の板には、カラーグラデーションの研究が施されている。視点を動かすにつれ、像はアルミニウムの表面に現れては消え、鑑賞者は出現と消失のあいだの状態を体感する。




Room ② 共感覚の瞑想
源氏香の「鈴虫」「匂宮」「手習」「篝火」「夕霧」を参照した、5つの彫刻的インスタレーション。アルミニウム、アクリル、ガラス繊維板で構成され、それぞれが聴覚、嗅覚、触覚、視覚、共感覚を喚起する。アリストテレスの「共通感覚」や、日本の香道に流れる「香を聞く」という総体的な経験の系譜上にある作品群だ。


Room ③ 記憶のアーカイヴ(実験室)
共感覚的な探究のプロセス(抽出、分類、検証)を可視化する、凍結されたワークスペース。内部照明を備えたアルミニウム製のテーブルとアクリルパネルで構成され、床の間に見立てた枠の中の枠を、外から観察する視点が組み込まれている。



Room ④ 時間の知覚と色の希釈
アルミニウム製の構造体と、6枚の透過性のある布で構成される。正面から見ると重なって一つの像をなすが、空間を進むにつれて、像は分解していく。各布は分解された香料を纏っており、香水形成のプロセスとシルクスクリーンの層構造のアナロジーとして設計されている。香りはArpa、T.T、両足院の協働により、両足院に伝わる古布の匂いを記憶として再現したもの。





Room ⑤ 消失の観察
銀色の布パネルが連続して配置され、鑑賞者はそのあいだを移動していく。光や身体の動きに応じて布の表面は変化し、やがて床の間へと導かれる。布には香が焚きしめられており、嗅覚を通じて、かつて存在した煙の痕跡を知覚する仕掛けだ。布の重なりは、Arpaの名の由来でもあるARPANETを想起させ、サイバネティクスやインドラネットといった、ネットワーク的な思考の系譜にも通じている。


月面の光 T.T祇園にて
並行会場となるのは、総合芸術空間T.T。極限まで薄く作られたガラスの什器にお香と香水が置かれ、香気だけが不可視のまま空間を満たしていく。壁面に据えられた大きな鏡は、眼前のものを映し出すと同時に、そこに存在しないもうひとつの空虚を生み出す。副題の着想源となったのは、月面の閃光現象。12世紀以降報告されながら、いまだ解明されていない、月面に現れる原因不明の光である。




香り、布、光、空間。それらは固定された対応関係を持たず、知覚を介して結びつきを変えていく。VACIOとは空虚ではなく、意味が固定される以前の状態。消失しているがゆえに、そこでは生成が進行している。データが体験を均質化していく現代において、本展は「消えゆくもの」を通じて、言語化も数値化もできない身体経験を、ふたたび知の核心に据え直そうとした。